読書感想文

読んだ本の感想を書きます。

子どもがうっかり読んでしまったら大人になっても忘れられない「幸せな家族 そしてその頃はやった唄」

これはある、幸せな家族の話

f:id:chambre310:20240328224942j:image

 

あらすじ

保険会社のCMに選ばれた家族。しかし撮影が始まる直前に次々と家族が変死していく。しかもそれはある唄の歌詞にそっくりな死に方だった。父、兄、母、姉...最後に残った子どもは家族が亡くなる1年前から家族とその周辺のことを録音テープに残していた。一体、誰が家族を殺したのか。

 

 

※この先ネタバレを含みますのでご注意ください。

 

 

とにかく驚いたのがこの本がまさかの「児童書」に分類されていることだった。作者が元々児童向けの本を書く方だったそうなのだが、家族が次々と変死していく児童書って世界中探してもそうそうない気がする。自分が小学生の時に、学校の図書館の本棚に並べられてて何気なく読んでたら、大人になってもずっと忘れられない本になっていたと思う。

 

 

この不気味さはどこから来るのだろうか?

しあわせな家族は終始どことなく不気味さを感じるなと思った。この不気味さの解像度をあげていくといくつかの要因があるんじゃないかと思った。

まず、家族が1人ずつ死んでいく様子を主人公の省一が語っていくのだが、それがあまりにも淡々としていること。普通家族が亡くなったら、悲壮に暮れる描写がありそうだが、そういうものがなく本当に淡々としている。そのくせ、父や兄の横暴な発言に対する怒りや、マスコミから取材を受ける事が少なくなる事への物足りなさはしっかり語っていて、そのアンバランス感が不気味さを感じさせているのではないかと思う。

また、「その頃はやった唄」という唄のタイトルもかなり不気味だ。誰が作ったのか、「その頃」がいつなのか、そしてそんな唄を何故尚平おじさんは知っていたのか。設定はしっかりしているのに、それ以外のことはぼんやりとしか分からないっていうのが、都市伝説的な怖さを感じた。

 

ミステリアスな美女・姉の一美

この本の中で強烈に印象に残ったのが、長女の一美だ。美人で頭が良く、17歳になる少女とは思えないほどしっかりしている。リアルにいたら芦田愛菜ちゃんみたいな感じなんだろうか。

だが、この姉、終始本心が見えない。それなのに、全て見透かしているような雰囲気がある。省一でさえ、姉を心から尊敬する(そして恋心のようなものも抱いている)一方、そういうところを怖いと感じていた。小説の中の、ミステリアスな美女って自分はすごく好きだ。最後まで内面がほとんど語られることがなく、分からないまま終わる方が、読んだ後でもずっと心に残るからだ。

 

一美の手紙の真相

「殺されるのがわかっていて、こわくないの」なんて、きかないでね。こわいけど、そうされることがいちばんだと思うの。だっていつかは警察も省一を逮捕するわ。それも、もうすぐよ。そのときになって......、わたし一人になって、それでも生きていてもね......。省一。この一年間、わたしもぜんぜんたいくつしなかったわ。

普通なら、家族がいなくなって一人残されるのが寂しいというところが妥当だろう。だけど「わたしもこの一年間、ぜんぜんたいくつしなかったわ。」という一文があることを考えると、一美は家族が全員いなくなって退屈な人生を生きるくらいなら殺された方がマシ、と言っているのではないかと考えられる。

冒頭で省一が言っていた「たいくつ病」がまさか物語の最後で姉の伏線になっていたのには驚いた。

 

おそらく姉も省一も、欲しいものを何でも与えられる環境で育ったからこそ、病的なほど刺激に飢えていたのではないかと思う。姉が交際していた秋山は平凡な青年で姉が興味を持つような人間ではなさそうに思えた。しかし中道家に来た時に省一のたいくつ病についてそのような事を言及していて、姉はもしかしたらそういう客観的な意見を述べられる人間に興味を持ったのかもしれない。だけどそれはあくまで「興味」であって「愛情」ではなかった。だから自分が弟に殺されるために、彼を巻き込むことを躊躇しなかった。

姉はどの時点で弟の殺人に気づいていたかは分からないが、おそらく母親が殺される前には気づいていたのだと思う。それでも黙って衰弱した母親を介抱し続けた。

 

そう考えると、実際に手を下さなかったこの美しい姉が、一番恐ろしかったのではないかと思った。